研究紹介

基礎研究_痙縮発症メカニズム解明プロジェクト

担当:研究責任者 李佐知子 


1 痙縮発症脳梗塞マウスの確立

  痙縮は、脊髄反射である腱反射亢進を伴う緊張性伸張反射の亢進した状態と定義されています。脳卒中などの脳血管障害後の痙縮は発症後6カ月の運動機能麻痺を有する患者の42.6%にのぼり、15.6%が重度の痙縮を有すると報告されています (Urban et al. Stroke. 2010)。中枢神経傷害後の運動機能回復機構が徐々に解明され始めていますが、脳梗塞後の痙縮研究はほとんど着手されていないのが現状でした。その理由の一つに、痙縮発症モデル動物の報告が乏しいことがあります。Fultonらは(Fulton et al. 1934)、サルなど霊長類の大脳皮質運動野及び前頭運動野の除去によって痙縮が生じると報告していますが、その後痙縮モデル動物を使用した痙縮研究は調べる限り存在しません。そこで我々はFultonらの報告に着目し、マウスで痙縮発症モデルを作成させることに取り組み、成功いたしました(Lee.S et al. Cell Death and Disease. 2014)

 

Fultonらは、大脳皮質運動野や前運動野をそれぞれ切除すると、動物はどのような状態になるのかを経時的に観察しており、痙縮様症状は運動野と前運動野の切除によって観察されたと報告していました。そこで我々はマウスの上肢運動野および前運動野にあたる領域をphotothrombosis法を用いて損傷させました。左の図が損傷領域で、損傷後4週間のマウス脳写真です。ターゲット領域がきっちりと損傷されていることを確認しました

次に痙縮を測定する方法にはHoffmann's反射(H反射)を用いることにしましたH反射は誘発電位反射です。遠心性のalpha運動神経と求心性のIa神経の軸索を同時に電気刺激を行います。神経を電気刺激すると両側に刺激が伝わりますが、alpha運動神経の刺激は遠位方向に刺激が伝わり筋を収縮させます。その筋収縮を筋電計で計測すると、下の図のようにM波として観察できます。次にIa神経が求心方向に刺激を伝達し、運動神経細胞を興奮させ筋を収縮させます。これがH反射です。マウスではM波から約68 msecの遅れで出現します。このH反射は刺激頻度依存的に弱化する(Rate dependent depression: RDD)ことが知られていますが、痙縮出現によって弱化が減弱する、つまり早い刺激に対してもH反射が高い状態が続くことが既に分かっています。今回我々はこの現象を利用して痙縮出現の有無を確認することにしました。

 そこで、マウス左大脳皮質上肢運動野および前運動野の損傷後にH反射のRDDを計測したところ、RDDの弱化が生じており痙縮出現を確認出来ました。左の写真は損傷後4週間のRDD弱化程度をグラフにしたものです。有意にRDD弱化を観察しました。

 次に痙縮出現の経時変化を確認しました。麻痺側(右手)、非麻痺側(左手)のH反射RDDを損傷後3日~8週間まで観察したところ、3日後から麻痺側H反射RDDの有意な弱化が確認され、その状態は8週間まで継続していることが分かりました。

一方、非麻痺側では脳梗塞後1週及び8週を除く期間で、脳梗塞マウスでH反射RDDはコントロール群と変化がない、つまり痙縮状態は観察されないことがわかりました。

  痙縮の確認をH反射RDDでおこないましたがこれだけでは不十分であると考えました。そこで、ヒト脳梗塞電気生理学的研究や動物脊髄損傷研究から、痙縮症状では脊髄運動神経細胞の過度な興奮が生じていいることが報告されていましたので、本モデルの脊髄運動神経細胞においてもその興奮性を確認することにしました。神経細胞の興奮性確認のために、活動依存的に発現誘導されるimmediate early geneであるc-Fosの発現変化を確認することにしました。今回H反射によって確認を行った骨格筋は小指外転筋ですので、小指外転筋を支配する運動神経細胞が局在する第6頚髄から第1胸髄までの運動神経細胞におけるc-Fos陽性細胞数をカウントしました。その結果、脳梗塞後1週間、4週間時点では脳梗塞群の麻痺側及び非麻痺側でc-Fos陽性細胞数がコントロール群と比較して有意に増加していることがわかりました。一方脳梗塞後8週間ではc-Fos陽性細胞数はコントロール群と変わらない状態に戻っておりました。

 

  本研究の結果、マウスにおいても運動野および前運動野の損傷によって、痙縮様症状が確認できることが分かりました。今後本モデルをもちいて、痙縮発症メカニズム解明研究を継続していきたいと考えています。

 


2 脊髄レベルにおける痙縮発症メカニズム

 脳血管障害後に生じる筋緊張の亢進痙縮の発症は、運動機能麻痺を有する患者の約半数にのぼりますUrban et al. Stroke. 2010臨床において痙縮症状を有する方は、痛みや歩行障害、関節障害をきたし、日常生活活動が低下します。さらに痙縮による影響から、効果的とされるリハビリテーションの実施が困難となっています。このような現状から、早急な病態解明が強く望まれていますが、近年まで痙縮の基礎研究は進まず、発症メカニズムはほとんど分かっていませんでした。

 そんな中2010年初めにBoulenguez et al. らにより、脊髄損傷モデルにおける痙縮のメカニズムが運動神経細胞の抑制機能が低下し、過剰な運動神経細胞の興奮活動により生じていることがわかりました。

 我々は、中枢神経損傷モデルを用いて、痙縮の発症機構を解明するために日々研究しています。脳血管障害後の痙縮基礎研究はほとんど行われておりません。それはモデル動物がないからです。我々は大脳皮質を損傷させたマウスを用いて痙縮の評価を行い、おおよそ痙縮現象を観察することに成功しております。今後はモデル動物の確立をし、  痙縮の発症機構の解明に取り組みたいと思います。これらの研究から、発症機構に即した創薬や効果的なリハビリテーション実施などの可能性が広がることを願っています。